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自営業の家ごもり

とりあえず思ったこととか、好きなものとか、まとめるブログ。ほとんど日記。

最近、失敗することの意味が見えてきた気がする。

失敗、ミスについて最近感じた事を書きます。

 失敗するのが怖かった。

「失敗は成功のもと」なんて言うけど、
その意味を正直良くわかってなかったし、
「結局失敗してんじゃん」って思ってました。
とにかく僕は失敗するのがイヤでした。

恥ずかしい思いもするし、
自分が情けなく、少し大げさに言うと無力に感じる事もあったし、
自分はダメな人間だと思うから、失敗するのはすごく嫌いでした。

本業の方で失敗するのが怖くて
いつからか、出来ない事にチャレンジする回数が
少なくなっていて、それを最近自覚するようになりました。

その根本に失敗がある事を知って考えを改めたいと思い、
失敗について色々考えていたけど答えが出ませんでした。

でも最近英語を勉強するようになってそれをきっかけに、
その失敗が良いことに見えるようになってきた気がします。

何故ミスが、恥ずかしいのか(恐いのか)

何かを習得する上でミスはつきものってのは誰もが理解してる事だと思います。
本当に初学者の初学者なら、どんな分野でもミスしても「初めてだからしかたない」と
自然にミスを許容出来るものだと思うけど、
それが許容できなくなるタイミングがあるんですよね。

その基準はわからないけど。
ジョシュ・カウフマンが学習においての20時間の重要性を解いたTEDトークを見たことがあって…、

たいていのことは20時間で習得できる 忙しい人のための超速スキル獲得術

20時間で習得するための要点を簡単にまとめてたんだけど、
その中で「自分で自分のミスを修正出来るようになる」という内容のものがありました。
ミスが許容できなくなる瞬間ってのはこのあたりから強くなってくるのかも、
なんて妄想。

失敗をしている事、はっきり自分の力量不足で起こった事が自覚できるようになるから
自己嫌悪とか無力感みたいなものを感じるし、
もしそのミスを人に指摘されたら、恥ずかしいと感じるのも「ちゃんとしてれば自分はできたはずなのに」
と思うレベルに達してからだと思います。

この20時間って数字にどれほどの具体性があるかはわからないけど、
初めての時に比べてスキルに対する自信が出来てるだろうから
それにともなってミスへの恐怖心や羞恥心があがってしまうのでは…?

ぶっちゃけ、これの直接の克服の仕方は
わからないのですが、自覚してるだけで認知のスタンスが変わるだろうから
僕はとりあえずこの仮説で…
「恥ずかしいと思うって事は多少出来るようになったんだな」と思って克服する事にします。

ミスを知覚する事は間違いなく上達への近道

具体性があった方がいいので、「英語」を学習している場合のミスについて書きます。

まだ僕は英語初学者ですが、50時間くらいは勉強してきましたが、
英作文をしてると単純なミスをしてしまう事があります。

例えば、doとdoesをうっかり間違えたり、
aやtheなどの冠詞をつけるのを忘れたりとかとか。

それで「この前やったのにまたミスした…」と
すごくイヤになる瞬間があったのですが、
あれ待てよ。と、ふと思う瞬間があって認識が一転しました。

それは「これ修正したら一つ上達するって事じゃないか」と言う事です。
大したことではないですし、この感覚の変化を言葉にするのがすごく難しいのですが、
逆に言えば、
ミスを知覚出来なかったら「知らぬ間に上達」というスタンスしかあり得ないという事です。

知らぬ間に… なんてのは、赤ちゃんが歩けるようになったり、
言葉を覚えたりする時以外ほぼほぼあり得ないですよね。(スピード●ーニングのCMみたいだけど)
何かを覚えようとすると確実に失敗を打開するためのトライを繰り返さなきゃいけない。
それが楽しいか厳しいかは置いておいて、間違いなく失敗と向き合ってるという事です。

では失敗、ミスを知覚するという事は
上達の近道になるのでは、と思えるようになりました。

ミスを知らず知らずのうちに克服できればそれはストレスがかからないので良いことだと思いますが、
それが出来るのはよほど楽しい事(ゲームとか)やよほど簡単な事だけです。

ある程度苦労が伴うからこそスキルを身に着けた時感動があるし、苦労が伴うからこそ
そのスキルに意味があるのではとも思います。

ミスを知覚するとミスに対する具体的な解決策が見えるようになります。
つまりその解決策を埋めていけば、技術的な意味でのミスをしなくなるという事です。
うっかりとかは、知りませんが…。

 

つまり英語で言えば、ミスをした所次気をつけるとか、

冠詞について文法書を読んで見るとか

ミスをした、と知覚した事について修正作業をすれば

その部分を確実に着実に上達させられるという事だと思います。

 

その他もっとわかりづらい分野であったり、

ぱっと解決策修正策が思いつかないのであれば、

考える力をつける3つの道具

この本がオススメです。ザ・ゴールにも出てきたアンビシャスツリー等、
論理的に問題を解決する方法を導き出す方法が子供でもわかるレベルでやさしく書かれています。

「何が出来ないから出来ないのかわからない」状態

少し話は反れますが、ミスをする事以前に
初学者は「何が出来ないから出来ないのかわからない」という特徴があります。

以前友人にプログラミングを勧めた時に
よくわからないから出来るようになれないだろう。と応えられました。

初めからわかっていたら苦労しないのですが、
初学者は「わからないからわからない」という言葉にするとアホみたいな状態です。

ミスを知覚するどころか、何がミスなのかすらわからない事もあります。
上級者が見れば「アレは間違ってるな」というものを理解出来ない事があるという事です。
例えば、将棋僕は出来ませんがどこが負けに繋がったか初学者は理解するのが非常に難しい競技だと思います。
想像してもらえればわかると思いますが、
将棋でのミスを知覚出来るのは将棋をある程度理解してからでないと不可能ですよね。
それと同じ事があらゆる分野で少なからず存在していて、

それを打開してミスを知覚出来るようになるまで
学習すると、初めて自分が「失敗した恥ずかしい。ミスをするのが恐い」という事が
理解出来るようになるんだと思います。

ミスを自分で知覚できた時に「本当の意味での初学者ではなくなったんだな」と
ミスもまた成長の一つとして感じられるのかもしれません。

 

まとめ

 

あまりうまく伝えられなかったと思いますが…
ミスを知覚出来るようになったのは成長の証でもあるし、
成長を加速するためにミスを埋められるだけ、
その分野の理解力を得たという事でもあります。

ミスをすればするだけ、成長のために埋められる穴がある。

そう考えるとむしろ僕はミスを探すようになりましたし、
ミスをするかもしれない難しい事に積極的にチャレンジするようになりました。

アンダースエリクソン博士も書籍で書かれてましたが、
あまり自分のレベルからかけ離れていてはただミスをするだけで、習得出来ないかもしれませんが、
自分より少し上のレベルの難しい事にどんどんチャレンジしていけば着実にスキルを上げていけるのだと思います。
限界的練習と、博士はおっしゃってました。

最後まで読んでくれてありがとうございました。
僕の文章では足りない事ばかりかもしれませんので、
ミスの意味、一回考え直してみて自分なりの答えにたどり着いて欲しいと思います。

超一流になるのは才能か努力か?